あつしの生き方日記

うつ病、HSPとの向きあい方、その他を書きます

シンガポールにて

・僕はその友人と出会えて嬉しいと思っている。だから、ここに紹介することは、彼を笑い者にするという意図はなく、面白かったこと、という体験談として話します。

 

シンガポールは治安も良いし、衛生面も良く、気候も良さそうですね」

そう語るのは、僕の友人、大学3年生の頃である。

「夜はあぶないっすよ、早目にホテルに戻るようにしましょう!」

彼は、友人になった時から、常に敬語で話しかけてくる。

それが、彼の初めての海外旅行となる。

同じ学部で、授業も同じ教室になることが多く、自然と話すようになっていった。当時の僕としては、珍しく頑張らなくても話ができる友人だった。

しかし、どれだけお互いのことを話しても、「食堂行きますか!」だった。

僕が留年していたわけではない。間違いなく、同い年だ。

彼は前々から、シンガポールに行きたかったそうだ。

しかし、英語ができないことや、治安面への不安から、なかなか行く機会がなかった。そんな時に、それなりに英語ができた僕と知り合ったことで、シンガポール行きが確定していった。

地球の歩き方」を見て、彼はワクワクしていた。

僕は昔から、寒いよりも暑いほうが好きだったので、シンガポールというより東南アジアの気候は良いなと思っていた。

 

そんな感じで2人でのシンガポール旅行に行くことになった。

その中で、とても印象的だった出来事がある。

ジリジリと暑い太陽の陽を浴び、朝から色々な観光地を訪れた。

非常に残念なことに、ほとんどの記憶がない。本来ならば、空気、風、音、におい、情景を述べたいところだが、肝心の記憶がない。ただ1つの出来事を除いて。

 

暑さと疲労で、休憩をしようということになった。

彼は、日頃からパソコンを使うことが好きで、「パソコン使えるところないっすかねー」

と言っていた。

しばらく歩くと、ネットカフェのような店を発見した。

とはいっても、海外のネットカフェに入ったことなどない。どんなものか、と店に入った。

日本のネットカフェのような個別ブースはない。オフィスのような感じのだだっ広い部屋に大小、様々な机があり、そこにパソコンが設置されている。

フリードリンクなどという素晴らしいものなど、あるはずがない。

当時の(15,6年前)の日本でも、今ほどネットカフェは進化していなかったはずだ。

さて、パソコンの電源はついている。女性店員が、チェックイン時刻の書かれた紙きれを机に置いて離れていった。

画面を見て、詰まったのだ。「パスワード」が必要なようだ。

紙きれには、それらしいものは書かれていない。

また、周りを見渡しても、地味でシンプルな店内に、張り紙のひとつもなかった。

「これは店員さんに聞くしかないっすね!」と彼は言った。

そして、店内を見回る女性店員に向かい、大声で言ったのだ。

 

「すんません!!」

 

えっ??僕はひるむしかなかった。すんませんは、外国でも通じるのか?

彼は、強く言ったのだ。女性店員に向かって、手を少し挙げ、比較的通る声で。

 

女性店員に、彼の意思は伝わらなかった。

華麗なるスルーの後、なんだか気まずい空気に包まれた。

僕はとっさに立ち上がり、女性店員の元へ行き、何とかパスワードを教えてもらった。

 

僕は、その友人は本当に良い人だなぁって思います。真面目で、冷静、たまに面白い。

このネットカフェの出来事は、帰ってからも笑い話である。

 

「なんで、すんません、が通じないんだろう?」

彼は不服そうに言う。

 

すんませんは・・・、通じないなぁ・・・。さすがになぁ・・・。

 

通じない状況でも、あえて日本語で声をかける、僕にはそういった勇気というか、ある意味の図太さ、というものを持ち合わせていなかった(今もかな)。

彼とは、数年間会っていない、元気でやってるだろうか。

 

そんな体験を、ふと思い出したので綴ってみました。

さて、もう8月も終わりになってきましたね。

僕はとても寂しいし、焦っております。

でもなぁ、ここ最近の落ち込みからの復活といい、その度に深く悩むことといい、冷静に色々なことを考えることができていると思う。

睡眠さえ、何とか調整できれば、それなりにいけるんじゃないかなって思っています。

 

あまり体に負担をかけず、ゆっくりと調整したいですね。

そして、常に心の中は「大丈夫」

安心して生きて大丈夫、安心して気持ちを伝えて大丈夫

自分の存在を、もっともっと肯定してあげよう。無条件で。

 

それでは、今日はこのへんで。

読んでくださり、ありがとうございました。

また明日ね!