ツイッターでの葛藤
こんばんは。
今日はちょっと昔の曲とともに書こうかなと思います。
Creedence Clearwater Revival: Have You Ever Seen The Rain?
邦題で「雨を見たかい?」だったかと思います。
この曲は、桑田佳祐さんがカバーしているものを聴いたのが最初でした。
懐かしいなと思う方も多いのではないでしょうか。
初めて聴いた時は確か高校生かそれくらいだったと思います。
まだ「カバー」というものを知らず、この曲も桑田佳祐オリジナルのものだと思っていました。
さて、今夜の記事としては、やっぱり思っていることを話していきたいと思います。
ツイッターにて約2,000名の方と繋がることができ、今後も増えていったら嬉しいなとは思っているわけですが
精神疾患をお持ちの方々と繋がっていることが多く、中には毎日のように「死にたい、消えたい」「楽になりたい」と思っていらっしゃる方も多い。
そんな中での言葉選びというのは、非常に気を付けている(つもり)です。
ただ、あまりにも構えすぎてしまったり、「癒してあげよう」と考えてしまったり、「良いことを言おう」「僕の言葉でODするのを思いとどまってもらおう」といったことを考えてしまうと、
正直、非常に苦しくなります。
僕がこれまで考えてきた範囲でお話するとすれば、「今まさにODしたい、リスカしたい」と思っている方に対し、遠い距離からかける最適な言葉は「ありません」
これは僕も身を持って体験しております。
幸い、僕はODをしたり、腕を切ったりするといったことはありませんが、消えてしまいたいと思うことはよくあります。
そんな時、落ちていることをツイートし、それに対し様々なリプを頂くわけですが、「落ちている状態」を覆すような言葉ってのは、なかなか難しいです。
きっと、そんな時は言葉ではなく、ギューっと抱きしめたり、手を繋いだり、背中をさすってもらったり。
そうした身体的な接触が一番効果的なんだろうなと思うのです。
また、普段からそうした身体的な接触が得ることができれば、「病んでしまう」頻度も減ってくるのではないかな。
「ODはしないで欲しい」
体がしんどくなると思う。おそらく内臓へのダメージは大きいと思います。
とはいえ、それを止めることは文字では難しい。
かといって、何も言わずにスルーしてしまうのもちょっと違うと思う。
心配ならば、「心配してるよ」という言葉は伝えても良いのかなと思います。
しかし、それも受け手側がどう捉えるかで大きく変わってきます。
「心配してあげてるんだからね!」という姿勢に捉えられれば、僕の言葉は全てが「あざとい」ものになってしまいます。
僕は、自分の両親がどちらかといえば「〇〇してあげている!」という姿勢であったため、僕がそう「見られてしまう」ことが怖いのです。
また、以前にブログにて、「癒しの相性」について、異性間の方がうまくいくことが多い、といったことを書きました。
そのため、僕も女性に声をかけることが多いわけですが、
「下心がある」という捉え方をされることも少なくありません。
「単純に癒しを共有したいのになぁ」といった僕の気持ちは、「何だか寂しいな」に変わってしまいます。
癒せているのかな、少なくとも僕は癒されているよ、という関係は、気づいたら消えてしまっていることが多い。
その度に、何かおかしかったのかなぁと振り返るわけです。
癒しの実現のために、色々と試行錯誤やっています。
ゆっくりと癒し合えたらいいよね。
何だか同じような内容ですみません。
同じような内容ってことは、それだけ強く思っているってことだと思います。
それでは、今日はこの辺で。
また書きますね。
読んでくださり、ありがとうございました。
癒し合える関係を探していこう。
おやすみなさい