レールから外れてしまった感
こんばんは。
今日の2つ目の記事です。
えっと、今週の10月3日に、採用を保留にしてもらっている会社との面談があります。
そこで、採用をしてもらえるかどうかを判断してもらうことになります。
もし採用ということになっても、いつから出勤するか、ということもその時に決めるのかと思います。
おそらく、仕事が始まると、しばらくはブログの更新は安定しないと思います。
ツイッターのみでの発信になるかもしれません。
僕は過去の記事で、これまでに経験してきた仕事について触れていた部分がありました。
転職回数が多い理由には、やはり日常生活に支障が出てしまう程の症状があったからということになります。
僕だけに限らず、何らかの理由で退職をせざるを得なくなってしまった方は、何度となく、「辞めていなければ、今はどうなっていただろう?」と考えるのではないでしょうか。
特に、収入に関しては、かなり頻繁に考えてしまいます。
今週、面談がある会社に採用されても、収入としては、本当に少ないです。
もちろん、業界としては未経験ですし、特別な資格もないわけです。
今となっては、過去の仕事での収入なんて、考えたところでどうにもならないわけですが、
「なぜ、こんな風にならなくてはいけなかったのだろう」
とは、やはり考えます。
ある種の「気づき」を要求しているのだと思います。
人生から、「そっちの道じゃないぞ!」と言われている気がするのです。
ツイッター上での、様々な方のツイートを拝見していると、「どうして、こうなっちゃったんだろうなぁ」って、怒りが湧いてくることがあります。
つまり、日常生活に支障が出てしまう状況にまで追い詰められてしまい、生活が不安定になってしまっている人がたくさんいる一方で、
「そんなこと言っているのは弱いから」という考えで、何とか仕事を辞めることもなく生きてこれちゃっている人がたくさんいる。
何とか仕事を辞めることなく生きている方々も、もちろん、大変な苦労があることと思います。だからこそ、仕事、家庭の両立も何とか頑張っていらっしゃる。
それならば、生活が不安定な人は苦労をしていないのか?頑張っていないのか?
そんなことは全く思いません。弱いわけでもありません。
僕は最初の会社を退職し、離婚をすることになった時、完全に「レールから外れてしまった」と思いました。
そんな僕を、主に両親は「情けない」という言葉で表し、離婚についても「あの人を選んだのがいけない」と言われた。
その後、色々と試行錯誤をしながら自分と向き合ってきましたが、『その間、何も考えずにいたわけではありません。
また、仕事がイヤになったから、「はい、辞めます」といってコロコロ辞めてきたわけでもありません。』
『』で囲った部分については、実際に両親や元妻に言われてきた言葉が元になっています。
何も考えていない、責任感がない、やる気がない、努力が足りない、使命感がない、仕事をする気がない、
言われたい放題の中で、
世の中は冷たいんだなって思いました。
家族ですら冷たい、「好き」と言ってくれたはずの妻ですら冷たい。
どうしてこんな風になってしまったのだろうか。
たった仕事が続かなかっただけで、どうしてそんなに冷たく言われなければならないのか。
それって、そんなに悪いことかな?
日常生活に支障が出るくらいにビクビクしてしまったり、手が震えたり、怖くなる。
人の感情に敏感すぎて、特にイライラされているとすごくプレッシャーを感じて、押し潰されそうになる。
それで、何か悪い?
そんな体調と向き合ってきたんだ。色々と病院を変えたり、薬を変えたり、カウンセリングを受けても、根本的には治らなかった。
だから、今後もそんな体調は続くでしょう。いつまで続くか分からない。
それが、何か問題ありますか?
開き直り、という言葉はあまり好きではありませんし、「それが個性」という言葉もしっくりこない。
どうやら、これが僕の本当のレールだったんだ。
っていうことを、感じるようになりました。
ですから、今までは必死に別のレールに乗っかろうとしていた。だから僕の人生が「そのレールはお前のじゃない!」って言って、様々な形で伝えてきたのだと思う。
今週、面談がある会社で、不採用になったとしても、諦めないよ。
社会っていう輪の中で、「何だかおかしいな」というところを見つめられるようになっていきたいと思う。
今更な話ですが、僕の人生から見れば、「今だから気づくことができた」ということだと思います。
なんか、よーわからんことを難しく考えてるなぁって思う方は、きっと多いでしょう。
それで良いんです。
そうやって僕は考えてきたし、これからも考えていくんだと思います。
乗ったはずのレールから外れてしまったと感じていらっしゃる方、
そのレールは、もしかしたら、外れて正解だったのかもしれません。
そして、そのレールで正しかったのであれば、必ず戻るはずです。
ちょっとやそっとでは、人生は見捨てません。
「もう死んでやる!」って思うほどに苦しい時でも、きっとまだ、人生のレールは続いているはずです。
周りの全てが敵に見えてもいい。どこか遠くには、味方がいるのだから。
安心して、病気を治療して、安心して、仕事に就いて、安心して、過ごす。
いつでもそこはあなたのレールなのだから。